ピオフィ短編

バレンタイン・スカー

…………こう?」
「あっ!名前………チョコに水は入れちゃ………
「えっ、えっ………?」
「あ……………………

ここはファルツォーネのお屋敷、キッチン。
ダンテの恋人であるリリアーナと二人でキッチンに立っている。

全ては214日のバレンタインデーという日のために…………

「リリィ……、私ってやっぱり料理は絶望的かな……?」
「う、ううん。そんなことないわ!あと一週間もあるもの!」

料理を全くしてこなかった私にリリィが付きっきりでチョコレート作りを教えてくれているのだ。
もう一度頑張りましょう!と励ましてくれるリリィと共に今日もチョコ作りの練習に励んでいる。

果たしてバレンタインデーとやらに間に合うのか?
……………恋人のニコラにちゃんとしたチョコレートを渡すことができるのか?

 

**

 

……………で、でき、できた……。」
カタン、と調理器具を置く音が誰もいないキッチンに響き渡る。

あれから一週間、リリィに教えてもらい、何度も試作して、やっと何とか形になった。
今は………214日バレンタインデーの当日朝5時。

絶望的な味のお菓子から………、まぁ普通には食べられる位には……、なったと思う。

とりあえずこのキッチンを片付けて、お風呂に入ってこよう。
リリィはもう既にダンテの分と、ファルツォーネのみんなの分を作り終えてるらしい。

きちんとキッチンに準備がしてあるのが見える。

私はニコラの分で精一杯で、ファルツォーネのみんなの分はほんっとうにすこーしだけ手伝った程度。

………嫁にいけないなぁこれじゃ……、」
苦笑いしながら洗い物をせっせと行うのだった。

 

**

 

「おはよう、シニョリーナ。」

ファルツォーネの広間に顔を出すと、もうみんな揃っているようで朝のモーニングタイムを過ごしていた。

ニコラの声から機嫌が良いことはすぐに分かった。
「おはよう、ニコラ。……ダンテもリリィも、みんなお揃いね……?」

テーブルの上にはリリィが作っていたお菓子が広げられている。

「おはよう!名前!」
リリィがソファーから立ち上がり「いつもので大丈夫?」と問いかけてくれたので、頷いておく。

「これ、君も作るの手伝ったんだって?」
「あ……、いや、私はほんの少し雑用しただけで、ほとんど作ったのはリリィだよ。」
最高に美味しいよ、と寝起きがよろしくないあのニコラがぱくぱく食べている。

「俺たちの分まで作ってくれてありがとう、名前
……リリィに言ってあげて、ダンテ。」

ダンテからお礼を言われ、私は眉尻を下げて答えた。

「お待たせ、カフェオレ置いておくね。」
キッチンから戻ってきたリリィが私の前にカップを置いてくれた。

「ありがとうリリィ……、本当に良いお嫁さんになるね……。」
「えっ……そんな大袈裟だわ!?」

「なーに言ってるの、君も僕の良いお嫁さんじゃない。」
「ニコラ……

褒められて恥ずかしがるリリィ、恋人のリリィを褒められて少し赤面するダンテ、笑顔で口説き文句を朝から投げてくるニコラ。

うん。いつも通りの朝だ。

ズズッとカフェ・オ・レを飲み、寝不足な体にコーヒーをぶち込んでいく。

「今日は夜までニコラと用事で少し出かける。……夕方くらいには帰ってくると思うが……。お前たちは今日教会に行く予定だったか?」
「うん。私と名前は教会にお菓子を届けてこようと思っているわ!」
リリィは既に準備も万全なようで、持っていくお菓子を詰めた箱をテーブルの上に置いていた。

「リリィのことは任せて、ダンテ。しっかり連れて行って連れて帰ってきます。」
……グラッツィエ、よろしく頼む名前。」
「君も気をつけるんだよ?」
ニコ、とダンテが微笑んだ。

 

**

 

「行きは俺たちと一緒に車で行こう、帰りは俺たちは間に合わないかもしれないが、その時は誰かに迎えにいかせる。」
わざわざいいの?ありがとう、ダンテ。」

私がお礼を言うと、コートを羽織ったダンテはそのままリリィと玄関へと向かう。

「あ、じゃあ私もー」
上着を羽織り広間を出ようとしたところ腕を引っ張られ、ソファーに引き戻される。

……んっ」

不意に感じた唇への熱。

「帰ってきたら……期待してていいよね?夜、楽しみにしてるね。」
バレンタインのことだ。ニコラは片目ウインクなんかしちゃってお茶目な顔で言ってくるもんだから……

………も、もう!二人を待たせちゃうからニコラも早く!」
真っ赤に染まる顔を見られないように軽くふい、と顔を背けながらダンテとリリィの後を追った。

 

**

 

――車に乗り込むこと数分、
身体は限界のようで瞼が自然と落ちていた。

「シニョリーナ?起きないとこのまま連れ去っちゃうよ?」
…………ん、え……、連れさ………?」

物騒な言葉に何事だと咄嗟に瞼を持ち上げる。
ニコラが何故か愛しそうに目を細め私を見つめていた。

心配そうに私を見ているリリィとこちらをチラ、と確認してくるダンテ。

………あ、ごめんなさい!寝てた………?」
頭が理解すると同時に車の窓から外を見た。

なんともう教会についていたらしい。

「そりゃもうグッスリと。僕たちはこのまま仕事に行ってくるけど………、君は無茶しないようにね?」
本当はこのまま離れたくないんだけど、とニコラは私のおでこにキスを落とす。

………きゃ」顔を真っ赤にして見ちゃった!といわんばかりに目線を彷徨わせるリリィを見てダンテが「ニコラ……」と小さなため息をついた。

「ごめんごめん。可愛くて、つい……。それじゃあ二人ともいってらっしゃい。」

 

**

 

「今日は本当にありがとう!二人とも!」
「エレナも手伝ってくれてありがとう!」

生まれ育った場所で、幼馴染のエレナもいるからリリィも今日はすごく楽しそう。
無事に教会のみんなにもお菓子を届け終え、迎えの車が来るまでエレナと話していた。

「シスターも元気そうで何より……ねぇ、エレナ。今度私にも料理………教えてくれない?」
「えっ……?私でよければいつでも大歓迎よ!」

エレナはガッツポーズをして見せてくれた。

その時教会の前から大きな声が聞こえた。
「助けてくださいっ!ひったくりが!!あれには大事な息子の肩身が…………!」

「えっ!」
教会の扉をバン!と荒々しく開いたかと思うと、お婆さんがこちらへ歩いてきた。

「お婆さん!ひったくりはどんな人だった?」
私はお婆さんに目線を合わせて腰を下げ、お婆さんに優しく問いかける。

………っ、長身で黒いコートを羽織った男で………、髪は金色で………

「それだけ分かれば十分!………私が行ってくる、リリィとエレナはおばあさんを!」

「わかったわ!」
……無茶はしないでね!」

私は教会を出て、街の中へと走っていった。

 

**

 

街に走ってきたはいいものの………
全く当てはまるような人はいない。

長身で金髪で黒いコート……、男で間違いないとは思うけど。
大通りには流石にいないらしい。

裏路地にも視線をやり、怪しい人はいないか早歩きで確認しながら進んでいく。

――――誰か警察をっ!」

なんと少し先の大通りで騒ぎのようになっているのが聞こえた。

「どうし……!?」
走ってそこへ駆けつけると、別の女性からも盗もうとしていたのか犯人と思われる長身の男と鞄を引っ張り合いになっていた。

「ちょっと!離れなさい!」
女性の前に出て、間に割って入り、男性の腕を掴み上げる。

…………あなたさっきもお婆さんから鞄をひったくったでしょう?」
…………チッ」
バッと掴まれた腕を振り払い、男は距離を取った。

女性を庇うようにして立ったはいいものの、相手が素人なのか手練れなのか分からず………、普段から念のため太ももに巻いたベルト仕込んである短刀に手をかける。

……いらねぇよ!こんなもん!」

男性はもうダメだと思ったのか、鞄を私たちに向けて投げ、懐からナイフを取り出した。

「これ、あなたの鞄で間違い無いですね?持って早く逃げてください。」
後ろの女性にしっかり受け取った鞄を渡し、「あ……ありがとうございます……!」と律儀に頭を下げ走っていった。

「おいおいにいちゃん、こんなところで危な……

周りでことの始終を見ていた男性が一人声をかけるも……、「黙れ!うるせぇ!」と大声で叫び上げたかと思うと、その男は自分の首元にナイフを這わせた。

………なっ!ダメ!」
自害する気なのか。
私は走ってナイフを握っている彼の腕を再度掴んだ。

ナイフをどうにか首から離そうと両手で力を込めるものの、男性の力には勝てずびくともしない。

多少短刀や護身術が使えるといっても女の私では限界がある。

……生きてたってしょうがねぇんだ!、死なせてくれよっ!」
声を荒げる男性に、私はいちかばちかで男性の右足を引っ掛け、払った。

………なっ!?」

男性は驚くほど簡単にうつ伏せに倒れた。
そのまま私は馬乗りになり、男性の背中側に手を抑え込んだ。
………何があったか知りませんけど、まだやり直せる、大丈夫。」

ほら、ナイフを離してください、と力の抜けた男性の手からナイフを取り上げようとした。

「うるせぇな!!!」
……え、」
気づいた時には男性は起き上がり、目の前にナイフが横切った。
咄嗟に避けたものの頬に大きな横一閃、血が流れ出した。

………ちょっと、あんた!!血が!!」
「警察はまだなの!?」

周りはより一層ザワザワと騒ぎ始める。

………こんな傷で怯むと思った?」
私はこれでも、一応……マフィアと共に生きている。
だから、今のナイフは殺すつもりで振るったわけじゃないのが容易にわかる。………これは持論なのだが………、人を殺す覚悟がないのなら、自分のこともきっと………殺せない。

(でも、人を殺す覚悟が無く、精神が高揚している人ほど怖いものはない、)

私は意を決して、相手が持つナイフの刃先を掴んだ。

「おまっ………、な、なにして………!?」

手のひらが切れ、赤い血が伝って落ちていく。
男性はみるみるうちに手の力が抜けていき、だらんと腕を地面に落とした。

「な………、んで、そこまで…………。」

人を殺す覚悟も自殺する覚悟もなく……、自分が傷付くのが怖いのだ。
自分のせいで誰かが傷ついているなんて余計に耐えられないだろう。

「息子さんの形見が入ってるんだって、お婆さんの鞄を返してください?」

男性は力無く震える手で大きなコートのポケットから、小さな鞄を取り出した。

「どいてくれ!警察だ!」
「道を開けてください!」
その一声でロベルトとマルコが来てくれたのだと分かった。

……あ、リリィたち心配してるだろうなぁ。」

盗まれたお婆さんの鞄を警察に渡し、
教会にお婆さんが助けを求めてきたこと、リリィに先にファルツォーネに戻っててと伝えて欲しいと頼み………

私はそのまま犯人と共に参考人として警察署へ向かったのだった。

 

**

 

犯人が素直に犯行を認め、自供したことによって、事情聴取はそんなに時間がかからなかった。

夜になる前にロベルトが送ってくれ、ファルツォーネの屋敷に戻ってくることができた。

「ただい―――…!」
広間にいた朝と変わらない面々に笑顔で挨拶をしたつもりが、ニコラにいきなり抱き止められ、その挨拶は最後まで言葉にならなかった。

名前!心配してたんだよ!…………これ、この傷は犯人に…………?」
きつく抱き止められた腕の力を少し緩め、頬に貼られた大きなガーゼにニコラは手を優しく添え、右手の包帯にもすぐさま気付いたらしい。

心配していたと、不安そうな声とは打って変わって冷たく、色の灯っていない声へと変わった。

「んー、犯人にというか…………、成り行きで仕方なく?」
犯人のためにもここは正直に答えておこう。ニコラの場合愛情が過剰なところがあるので、むしろ犯人のことが心配になってくるくらいだ。

犯人にやられた傷じゃないの?ねぇ、どういうことか詳しく説明してくれる?」
さらに冷えていくニコラの瞳。

「ニコラ、一旦落ち着け。」
「ダンテ、僕が落ち着いていられると思う?」

ダンテはマグカップを置き、「そんな立ったままでは話すことも話せないだろう。……名前、少し早いが夕食は食べれそうか?」と問いかけてくれた。

ニコラが腕を外してくれたので、ソファーに腰掛けるとリリィが「心配したのよ!無事でよかった!」と涙ぐんで抱きついてきた。

ジュリアが早めに夕食を用意してくれ、そのまま夕食となった。

ことの一部始終を説明ながらの夕食となった。
警察が丁寧にリリィに説明してくれていたようで、既に状況などは伝わっていたようだった。

……そうだったのか。怪我は……、大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけないでしょ、ダンテ。」
私へかけられた心配の言葉を遮り、ニコラが不機嫌そうに答える。

………………ねぇ、私どう答えるのが正解?」
気まずそうにダンテに問いかけてみるが、「正解なんてない」と言わんばかりに首をゆるゆると振られた。

……傷、残らないといいわね……、」
リリィは傷を心配してくれているのか不安そうに私を見つめていた。

「それは大丈夫!もう痛くないし、犯人も本気じゃなかったみたいだったし浅い傷だよ。」
「女の子の君にとって、傷に浅いも深いも関係ないよ。」
心配させまいと明るく答えると、ニコラは先ほどからこの調子でニコニコしながらもトゲを吐き続けている。

…………ハイ。」
ニコラは怒ると怖い。非常に。
素直に頷いておくのが一番だ。

「ニコラ……気持ちは分かるんだが、どうしてお前はこう……、」
…………なに?ダンテ。」
ダンテは、はぁと本日何回目かであろうため息をつき、そのまま夕食は終えることとなった。

 

**

 

部屋について、ネグリジェに着替えたところであることを思い出した。
……あ!ニコラにお菓子渡してない!」

名前はしっかり休んでね、と早めに夕食、早めに解散してくれたものの……、怒涛の出来事だっからすっかり忘れていた。

ショールを羽織って、用意してあるキッチンへ走っていく。

もう22時だ。
もうキッチンには誰もいないだろう。
電気を付け、ニコラへのチョコレートがあることを確認する。

よ、よかった!」

ニコラはまだ起きているだろうし、このまま持っていこう!とラッピングした袋を利き手の右手で掴もうとして、鈍痛が走った。

……いった……、」
変な力が入ったのかもしれない。
落とさなくて良かったと安堵の息を吐いた。

左手でそっと掴み直し、キッチンを出ようと振り返った時――

……やっぱり痛いんだ。」
………!?」

ニコラがキッチンの入り口、扉に体を預けながら私を見ていた。
ハッと右手をつい後ろに隠してしまった。

「ニコラ……、」
「君は本当に…………、」
「えっ………

ズカズカと歩いてくるニコラに逃げ場をなくす。
キッチンの端に追いやられ、もうこれ以上は下がれない。

「無茶して怪我して帰ってくるし、こんな時間にそんな薄着のまま何処かに行こうとしてるから着いてきてみれば………、僕へのお菓子なんて………ッ」

夕方帰ってきた時と同じ、ギュウとキツく抱きしめられた。

「そんなの……、君さえいれば僕は……、」
……バレンタインデーは214日だから、今日中に渡したくって………。」

………マルコから電話があって聞いたんだ。警察署で手当てをしたって。頬の傷は犯人が切り付けたみたいだが浅い傷だ。でも犯人のナイフを取り上げる時に刃先を掴んだらしく、手のひらは結構深い傷だと思うぜ、――って。」

………あ、そんなに詳しく話してくれてたんだ、マルコ……。」
「君?僕は怒っているんだよ?刃先を掴むなんて、女の子の君が取る行動じゃないよね。」
…………ごめんなさい。」

謝罪の言葉を口にすると腕の力が緩まり、右手を優しく取られ、ニコラはそのまま手の甲に唇を寄せた。

……っ、」
「シニョリーナ、僕と約束して欲しい。君が勇敢で正義感溢れる子だってことは知っているけどそれでも僕は心配なんだ。君自身を傷つけるような戦い方はもう絶対にしないって。……今ここで僕と約束して。じゃないと、離すつもりはないよ?」

ニコラの声には怒りだけではなく憂い、優しさ、色んな想いが込められている聞いていて少し………悲痛に感じるものだった。

君はそういう面倒ごとに自分から突っ込んでいっちゃう子だって分かってはいるけど、恋人の僕の気持ちも……少しは分かってほしいな。」

「ごめんなさい、ニコラ。気をつける、約束する。」
私はそのまま、言い訳ではないけれど言葉をつづけた。

「犯人の人、自害しようとしたんだけど……、すぐにそんな覚悟はないって分かって………、ナイフが私の頬をを掠った時もすっごく驚いてた、だから………
「刃先を掴んで相手のナイフを取り上げるついでに、自分が傷ついてみせて、あわよくもう自害しないようにって………?優しい君が考えそうなことだよ。」

さすがニコラ。お見通しらしい。
苦笑いしている私をよそにニコラはそのまま私に近づいた。
………分かった。もう怒らないよ。」
………へ?」

ふわっと地面から足が離れた。
ニコラは私を抱き上げ、そのままキッチンを出て歩いていく。

「ニ、ニコラ……?どこ、行くの?」
「ん?、僕の部屋だよ。せっかく君が作ってくれたお菓子………一緒に食べようと思って。」
ニコニコ返事を返してくれているが、ニコラは目が笑っていない。

部屋の扉を器用に肘で開け、ニコラは部屋の中へ。

 

**

 

……………下ろすよ?」
…………、あ、ありがとう?」

優しく優しく、ニコラのベッドに下ろされた。

…………怖いんだけど、ニコラ………。」
ニコラも隣に無言で腰掛け、キッチンから持ってきた私の作ったお菓子を膝の上に置いていた。

「僕、君からバレンタインのお菓子貰えるの、すっごい楽しみにしてたんだよねぇ。」
ニコニコしながらラッピングを解き、中を開けた。

………えっ!これ君も作れるんだ……?」
あー、私は料理苦手だから……、リリィに教えてもらいながら、だけど……。」

勿論ニコラの好きなお菓子を作った。
キラキラ子供のように目を輝かせて、「食べていい?」なんて聞いてくるから「もちろん!それはニコラのために作ったんだから食べて!」と伝えた。

ニコラはじゃあいただきます、と口に運ぼうとして、すんでのところで止まる。

………?ニコラ?」
……ねぇ名前、僕に食べさせてくれない?」
「なっ……!?」

ニコラは今絶対、楽しんでいる。
こういう時、私はニコラに反抗せずいうことを聞いてくれるだろうって…………絶対分かっててやっている。

今日の私への優しい罰とでも言うかのように。

……わ、わかった。………………ニコラ、………………あ、あーん………。」
お菓子をつかむ指先が震える。
そっと……、そっと、ニコラの口元へ持っていく。

………っふふ、あははは!」

「ちょっ………ニコラ!?」

背中を丸めお腹を抑えて苦しそうに声を上げるニコラ。
初めてこんなことをしたから、何か間違っているのか、それとも揶揄われていたのか、考えたらもっともっと恥ずかしくなってきた。

「も、もう!ニコラ!」
――だって君!そんなに震え……あははは!」

そんなに手が震えていただろうか。
私はなんだか悔しくなって、ニコラの口の中へ入るはずだったお菓子を自分の口の中へ運ぶ。

――え、」
笑っていたニコラも予想外の行動に我に帰ったようだった。

私は右手でニコラの顎を上に向かせ…………唇を塞いだ。否、口の中に含んだばかりのお菓子をニコラの口内へ押しやったのだ。

―――っ」
…………どう?美味しい?」

ニコラは目を見開き、私の行動に驚いていた。
いつも揶揄ってくるニコラに仕返し。

―――といっても、口移しでお菓子をあげたことなんて初めてなんだけど。

ニコラの顎から手を離し、離れようとしたけれど………ニコラの手が私の後頭部を押さえ、また唇を塞がれる。

……とっても美味しいよ。今まで貰ったどんなお菓子よりも……甘くて美味しくて………、溶けちゃいそうだよ。」

何度も角度を変えながら、甘い甘いチョコレートを味わいながら、舌を絡ませていく。

そのままベッドに倒されたかと思うと、両手首を頭の上に上げられ、頭の上で手首を捕らえられた。

ねぇ君、こんなのどこで覚えてきたの?。」
人を殺めるような目線で言ってくるものだから、どこか悪寒がしたのは気のせいだと思いたい。

………何言ってるの。怖い顔しないで。初めてに決まってるでしょ。」

怒ったり喜んだり嫉妬したり……忙しい男の人だな。と思いながらも、手首を押さえてる力は優しく、振り解こうと思えば女の私でも振り解けるほどだ。
怪我を労ってのことなんだろういつもより何倍も優しい気がする。

「本当?……もう知ってると思うけど、僕は君が思っている以上に君のことになると心が狭くなる男なんだ。」
ニコラはシュル、と片手でネクタイを解きベッドの下に落とした。

……知ってる。でも、最後、ニコラはいつも優しい。」
………僕はそんなにできた男じゃないよ。君を愛する気持ちは誰にも負けないけどね。」

慣れた手つきでネグリジェを捲り上げ、私のお腹から………段々下へと際どい部分までキスを落としていく。

………っ、はぁ……
名前、どこを触ってほしい?」
ニコラは太ももの内側をペロ、と私に見せつけるように舐め上げる。

絶対にわざとやっている。
ニコラに揶揄われて、やり返しても………、いつも必ずこうして負ける。

でも今日は負けたくない。
手は捉えられたままだし、それに怪我してるし手は使えない。
どうしようと思考を巡らせていると……

………さっき僕に口移しでお菓子をくれたけど、その時右手、使ってたよね?」
………え?」
「僕の顎に添えたでしょ。だめだよ、怪我してる手は使っちゃ。」

考えてることなんてお見通し、と言うかのように手首を掴んでいる手に力を込められた。

……ふぁっ……、んっ……!」

ニコラはショーツの布地の上からはむ、と啄んだ。
たったそれだけのことで身体はびく、と素直に反応してしまう。

「世界で1番愛しい恋人が作ってくれたお菓子もまだまだ食べたいんだけど………、今は甘くてすぐトロトロになっちゃう君が食べたいなぁ。」
……………なッ、も、もう口移しなんて絶対してあげない……ッ!」
恥ずかしさのあまりふい、と顔を逸らす。
「僕は毎日でもして欲しいくらいなんだけど………、あ!じゃあ僕からなら毎日してもいいよね?……口移し。」

ニコラには絶対に勝てない。
ああ言えば、こう返ってくるのだ。

それも、何百倍……いや、何万倍にも甘く甘く煮詰められたものが返ってくるのだ。

………も、やだ、ニコラ…………。」
「ごめんごめん。ちょっと苛めすぎた。」

するするとショーツを下ろされ、ニコラの指が触れる。

「あっ……、んっ……!」
トロトロになっているそこは、触れただけで水音が聞こえ…………ニコラも少し照れたように笑う。

「本当……世界で一番可愛いよ、僕のシニョリーナ。」

――痛い思いをした日、傷付いた日、
彼は必ずと言っていいほど、甘く甘く、どこまでも溶けるように甘やかしてくれるのだ。

今夜も、甘やかされどこまでも溶けていく。

 

**

 

「ニコラ!朝だよ……、起きて!」
隣で眠るニコラを揺さぶる。

彼はめちゃくちゃ朝が弱い。
早起きの私には理解できないくらい……朝が弱い。

……………ん、………………んー?」
「ニコラ、そろそろ起きて着替えなきゃ……

モゾモゾとニコラは動くものの、起きる気配は全くない。

「ニコラ、起きて。私先に起きるよ?」
――――嫌だ。………もう、ちょっ…………。」

そういってニコラは裸の私にぎゅうぎゅうと抱きつき、寝ぼけているのか……胸をゆっくりやわやわと揉んでいる。

…………ちょっ…………、ニコ………ラっ……!」
「ん〜………あと五分………、だけ…………

両手で体を弄られ、「……あっ……」とつい口から色気を帯びた声が漏れた。

……………名前…?」
ニコラも驚いたのか薄く目を開いた。

「ニコラ………、寝惚けてるんだよね?」
………………え?」
ニコラは瞬時に自分の行為に気づき、手を止めた。

「わ………!ご、ごめん!………夢だと思っ………「恥ずかしいから……夢の中でそんなことしないで!!」
珍しく焦ったように手を引っ込め、真っ赤になっているであろう私に素直に謝ってきた。

その後、朝食の時もニコラが「朝のことは本当にごめん、さすがに寝ぼけっていうのは……もうしないって約束するよ。」と謝ってきたから「………許してあげます。」と勝ち誇った顔で伝えておいたのだった。